全力ひとり

全力で心豊かに温かく孤独を生きる独身男(50代バツなし)の記録

東京マラソン、母、息子

1週間前の日曜日は東京マラソンだった。いつものようにテレビでも午前はエリートランナー、午後は市民ランナーの中継をやっていた。

そのとき思ったことを1週間遅れでうpしておく。また削除するかもしれないけれど。

私は3年前、2012年2月の東京マラソンを走った。3年連続で抽選に外れたあと4度目の応募で出場できた。フルマラソンは7個参加したが、東京マラソンはやはり最高だと思う。首都のど真ん中、いつもは通れない車道をかけ抜け、都心の風景や観光名所を眺めながら走る。景色が常に変化し応援が途切れず、頑張れる。

3年前の東京マラソンは、自分としては一度も歩くことも立ち止まることもなかった唯一のフルマラソンとして記憶されている。給水所でスピードを落とす程度で、だらだら歩いたり、長く立ち止まって水を飲んだりストレッチしたりということがなく、文字通り完走した。タイム的には4時間台後半で自己ベストではなかったが、前半より後半の方がタイムがよく、快調に走りきった。初めてタイツをはいて走って、足が思ったよりサポートされたのかもと思った。

この東京マラソン、実は母が応援に来たがっていた。私からすると、東京マラソンは6回目のフルマラソンで完走できることはほぼ確かだったし、何個か走るマラソンの1つで、特に特別なものではない感覚だった。職場の人で応援に来たい人は近くだし受け入れたが、遠方から高齢の母がわざわざ来るには及ばないと思った。でも後から思うと、来てもらうのがよかったと思う。何より母が楽しめただろう。もちろん後で写真など見せて喜んでもらえたけれど、そうするのが親孝行だったかなと思う。

今年の東京マラソンの数日前に、ある母親がまだ幼い息子について書いたブログを読んだ。そこには息子が好きになるものを母親も好きになる様が書かれていた。

 ”…(息子には)好きなものがたくさんあって、次は一体どんなものを好きになるのだろうといつも楽しみなのですが、…”

母親は男の子の成長をこうやって見ているんだ、こうやって見守っていくんだと教えられるところがあった。成人した子供が居てもいい年のわしが言うのもおかしいけれど、わしは友人や女性や家族には縁薄く生きてきてしまったし。上の一節は昼休み読んでいたら涙が出た。

わしもいい年になってから海外行ったり、山に登ったり、バイクで何百キロ走って帰省したり、マラソン走ったり。母はきっとそれを楽しくも思ってただろう。マラソン、実際に走ってるところ見せてもよかったよ。

でもわかっている。本当は、いつか私が女性を連れてきて「こいつ俺の彼女」とか「この人といっしょになる」と紹介するのをずっと心待ちにしていたはずだ。ごめん、それは叶えられなかった。俺も残念だったけど。