hidsgo’s diary

57歳独身男(結婚暦なし)の存在していた記録

クチャラーとの戦い

このような愚痴記事を書きたくないと思いつつ、それを具体的に書くことが自分のブログの目的の1つでもあり、また普段話す人がいない私にとってはブログに書くことで吐き出すという効果も認められるため、記してみむとて記すなり。

 

この2,3年私を疲弊させた大きな (でも多分メインではない) 原因の1つが、この記事の件だ。

hidsgo.hatenablog.com

職場の後方座席に何かと物音を立てる人がいる。それに悩まされた。

さらにその声や笑い声が大きいだけでなく、キーボードを叩く音に始まり動作に伴い何かと大きな物音を立てる

実は「動作に伴い何かと大きな物音」という中に、食べ物を食べるとき口を閉じずクチャクチャ音を立てて食べる、ということも含まれる。クチャラーと呼ぶらしいことを、この記事を書いた少しあとに知った。

tabi-labo.com

 

クチャクチャの音は大きな物音ではないが、大変忌まわしい。もっともクチャクチャの音だけに悩まされたわけではないので、クチャラーという語で特徴を示すことができるという紹介にとどめる。

 

いろいろな人がいろいろな物音を立てるが、うるさく思う場合と、気にしない場合がある。最初に引用した以前の記事に書いたように

相手との関係の問題。相手と相互理解がある場合はその人の言動はさして気にならないだろう。この場合はそうでないから問題だった。

ということだと思う。

 

件のクチャラー氏の場合、前に職場で内輪のパーティーがあったとき、こんなことを言われた。

「あなたがなぜあの席に居るのかわからない」

おそらく、私の業務が班の業務と合致しておらず、なぜその席 / 班に居るのか、という事実に関する素朴な疑問だったのだと思う。しかし自分について否定的に考える傾向の私にとっては、君みたいに仕事の出来ない者がなぜその席に座っているのだ、みたいにネガティブに響く言葉だった。残念ながらその場ではどういう意味か聞き返さず、自分の班の中での役割について簡単に述べただけだった。ちゃんと「どういう意味? 」と聞くべきだった。

 

やがてクチャラー氏がけたたましくキーボードを叩く音や、いろいろなバタン、ドスンという物音、クチャクチャと食べる音が、ボディブローのように徐々に私を打ちのめしていった。自分に対し否定的もしくは無理解と(私が勝手に)思ってしまう相手からの騒音は、身にこたえたのだった。「なぜあんなに大きい音を立てるのだろう、なぜ口を開けて食べるのだろう、親は注意しなかったのだろうか?」自分の席に着くたびそう思うようになった。やがて私は自分の席に座ると集中することが全くできなくなってしまった。

なお念のために書いておくが、クチャラー氏は私を攻撃するつもりで音を立てるのではない。私が居ても居なくても、他の誰かが近くに居ても、クチャラー氏は同様に音を立てる。

音が大きいのは問題かもしれないが、私が被害妄想的に捉えるのは、私個人の問題である。私が勝手に苦しんでるのかもしれないが、しかしそれが現実に自分の中で起こっていて、私は疲弊した。

 

ところで、職場で他の人がうるさいと苦情を述べたことはずっと昔にも一度あった。27,8年前「あいつがうるさくて集中できない」と上司に相談した。結局それもその人から理解されていない状況だったからと解釈している。

八王子市内の職場だった。その職場で仕事していた時、前年から関東地方で起こっていた連続幼女誘拐殺人事件の犯人が八王子市内で逮捕されるという事が起きた。マスコミの大々的な報道が始まった日、私の留守番電話にこんなメッセージが入っていた。

「俺はおめーが犯人だと思ってたよ!!」

もしかしたら「八王子で捕まったと聞いておめーが捕まったのかと思ったよ」だったかもしれない。いずれにしろそんな意味のことだった。声の特徴から、また友人が少ない私の電話番号を知る人は少ないが職場の人間は名簿から電話番号を知ることが出来たことから、私がうるさいと苦情を述べた奴であることは明らかだった。

私に対し理解を示す者ではない、あるいは私とは相容れない者だから、その声が(実際大きな声でしゃべり散らしていて問題だったが)うるさく感じられたのだろうと、後から解釈したのだった。

 

私自身は音に対しては耐性があると思っていた。高1か高2の夏休み、すぐ隣で工場を解体し倉庫に立て直すという工事があった。朝から夕方まで重機やくい打ちなどの音が震動とともにガンガン響く中、当時エアコンもなかった自宅で汗だくになって問題集に取り組み、夏休み明けの試験の成績がよかったという思い出がある。その後その事をよく思い出し、どんな物音の中でも大丈夫みたいに思っていた。

人との関係は別物のようだ。

 

仮に職場に20人居るとすると、おそらく3人は私を嫌いそのうち1人は積極的にそれを言動で示すだろう。3人は私に理解または好意を示すだろう。あとの14人は好きでもないが嫌いでもなく、何とも思ってないだろう。少数の嫌悪派(もしくは無理解派)に振り回されないようにしたい。

 

ものすごく長々と記してしまった。書いてみると、騒音の中で被害妄想的に苦しんで疲弊した状況が客観的によくわかる。ナントカシヨウ。

おわり。