1年前の「パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊」の記事の中で、キーラ・ナイトレイ(Keira Knightley)に言及した。彼女が大ブレイクするきっかけとなったのは、2002年「Bend it like Beckham」(邦題:ベッカムに恋して)だった。私の好きな映画である。
1. 映画のあらまし
インド系イギリス人のジェス(Jess)はベッカムとサッカーが大好きな少女だが、保守的な両親からはサッカーを禁じられている。そんなジェスを、キーラ・ナイトレイ演じるイギリス人ジュールズ(Jules; Julietteの愛称)は地元女子サッカーチームに誘う。ジェスは親に隠れて練習するが、ばれてしまう。さらにジェスとジュールズは共にチームの男性コーチを好きになり、2人の友情は危うくなる。ジュールズの母親もジュールズを誤解し、こちらの母娘も対立する。2人のサッカー大好き18歳JK少女が、困難に直面し悩みながらも夢に近づいていく様子を笑いとともに描く、青春スポーツコメディ。
2. タイトル
この映画の面白いポイントはいろいろあるが、まずタイトルが秀逸だ。Bend it like Beckham。直訳は、ベッカムのように曲げて。ベッカムの蹴るフリーキックは相手チーム選手の壁を越え、ぐっと曲がりゴールに突き刺さる。この映画でもジェスが大切な試合の勝敗を決するフリーキックを蹴ることになる。Bend it like Beckham、ゴールを決めよう。
しかし、Bend it like Beckhamは、ボールを曲げるという意味だけではない。自分が置かれている状況を曲げる、困難を乗り越えて目標を達成する、ということを示唆している。少女たちは親子の対立や文化の壁など、さまざまな障壁に直面する。Bend it like Beckham、困難な状況を曲げて前へ進もう。
さらに私は、Bend it like Beckhamに、ベッカム自身が運命を変えたように、という意味を加えたい。ベッカムの曲がるフリーキックの極めつけは、こちらの記事に書いた2001年10月の対ギリシャ戦終了間際のフリーキックだ。
ベッカムはこの試合の土壇場でゴールを決めて、イングランドのワールドカップ出場を決定し、そして3年間に渡り自身に浴びせられ続けた戦犯という非難を、ヒーローという賞賛へ変えた。困難な状況を曲げて前へ進もう、Bend it like Beckham、あのシュートでベッカムが彼自身の運命を変えたように。
なお、映画の製作はこの伝説のフリーキックより前からだったはずで、最後の解釈は私が後付けしているものではある。また、正面突破ですべて解決というよりも、bend、曲げて進めればよいことに重きが置かれているであろうことは、付記しておく。
いずれにしろBend it like Beckhamの意味は深く、味わいがある。邦題は「ベッカムに恋して」だが、これではベッカムとサッカーが好きという、3分の1くらいの内容しか伝わらない。もちろん、シュートを決めて自分の運命も変えてしまったベッカムに恋して自分も頑張るという意味に解釈すればよいが、原題の言葉の掛け合わせの味わいを出すことは難しい。
自宅の部屋のベッカムを見つめるジェス (演じるはパーミンダ・ナーグラ Parminder Nagra)
3. 見どころ
この映画はコメディに分類されているように、笑いの連続である。冒頭ジェスがマンUでプレーしている妄想に始まり、えげつない言葉のやりとりであったり、とんでもない誤解であったり、ゲラゲラ笑ったり、微笑んだり、にんまりしたりする。個人的には、ジェスを親身に心配し助けていた男友達が、ネタバレするが、実はゲイだったというところが可笑しかった。つまり、この優しい男子はイケメンコーチに負けてやっぱり最後は振られてしまうのかと見ていたら、そうではなかったわけで、観ている人を悲しませない映画だと思った。
冒頭のマンU映像は本物だし、サッカー解説者3人もテレビでおなじみの本物の解説者で往年のプロ選手たちだ。1人は名古屋グランパスエイトでプレーし日本人にもおなじみの、ゲーリー・リネカー(Gary Lineker)。ジェスとジュールズがロンドン中心部、カーナビ―ストリート(Carnaby St.)のSoccer Sceneにシューズを買いに行くが、当時から流行った店。
私はいつも英語に言及するが、イギリス映画でありイギリス英語満載である。言葉(会話)が豊富で、やり取りがおもしろい。くだらないという意味でジュールズが言う「Bollocks !」などスラングも沢山登場し、イギリス英語を知る者には聞いていて快感だ。
イギリスにはインド系住民は多いが、この映画でもジェスの家庭と親戚たちのインド文化がしっかり描かれている。またイギリス人からのステレオタイプ的な見方も示され、文化の違いが丁寧に描かれている。
そしてキーラ・ナイトレイ。撮影時のキーラは16歳。子供のときからテレビや映画に出演してきたが、この映画のヒット後、パイレーツ・オブ・カリビアン第1作に、そしてイギリス映画ラブ・アクチュアリーに出演し、大ブレイクしたのだった。ベッカムがフリーキックで運命を変えたと書いたが、結果的に言えば、彼女もこの映画に出演したことで女優としての運命を変えたと言える。
ジェスとジュールズ
4. 人気
本映画は予想を越えたヒットとなったようだ。製作費600万ドル、興行収入7600万ドルは、よくわからないが、中規模予算で大ヒットなのだろう。
イギリス封切りは2002年4月で、2002年6月のW杯日韓大会開幕直前。また上述したように、前年2001年10月にイングランドはベッカムの伝説のフリーキックでW杯出場を決めている。Bend it like Beckhamというタイトルはまさに打ってつけであり、W杯出場と試合直前の状況と合わせ、映画の興行に大いに貢献したことだろう。
人気が根強い証として、2015年にはミュージカルが作られている。
Bend It Like Beckham West End musical to close - BBC News
さらに、この映画は2010年のクリスマスに北朝鮮でテレビ放映された。イギリスと北朝鮮との国交10周年記念のためらしいが、かの国でテレビ放映された初めての欧米映画とのこと。自分の置かれた状況をbendして夢を実現という話である、大丈夫?とも思うが、体制批判ではないし、やはり素直に楽しめるところが評価されたのだろう。それでもかなり編集されたらしいが、刺激的なシーンやセリフが多い証とも言える。
キーラ・ナイトレイの出世作『ベッカムに恋して』、北朝鮮で初の欧米映画として放映 - シネマトゥデイ
5. 最後に
Bend it like Beckham - 純粋さと悩みと笑い。人に優しく気軽に楽しめるハッピーエンド映画。イギリス英語満載で私の知るロンドン風景が登場し、私が密かに愛する映画である。